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「気候の門」解説

管領海人(かんれい・かいと)の本が、櫂木社「真相」文庫から出版されるというのは、うれしいニュースだ。彼の著作が初めての文庫本として出版されるのである。それも、名作揃いの短編集、あの、「落ちていたノート」を採録した「気候の門」だ。管領ファンの私はもちろん単行本として持っており、電子ブックにも入っているが、紙の本で彼の小説を携帯できる幸せを感じている。

ご存知の向きも多いとは思うが、あらためて紹介しておこう。管領は、2013 年、この短編集、「気候の門」でデビューした作家である。同じ年の、櫂木出版社が主宰する「朱雀新人賞」で大賞を獲得し、知名度が一気に上った。さらに、2014 年の地球温暖化論学会特別賞を、文学作品としては唯一、受賞している。
東都大学大学の経済学部を卒業した管領は、丸菱総研にアナリストとして入社。後に彼の文学において重大なテーマとなる温暖化問題には、この時に出会ったようだ。当時の彼の同僚からは、非常に切れ味のするどい分析をする優秀なアナリストだったと聞いている。しかし、三年間アナリストとして勤務した後に職を辞し、再び東都大学経済学部に大学院生として舞い戻る。

高校、大学と、管領は文芸部に所属しており、同人誌などにも精力的に作品を発表していた。その経験が生きたのであろう、大学院在学中に発表したのが、この「気候の門」であった。

管領の前に管領なし、管領の後に管領なし。彼は独力で温暖化懐疑論文学というジャンルを切り開き、発展させた。「気候の門」に続き、「ヒマラヤの門」(2015 年)、「パチャウリの門」(2016 年) と、温暖化論を痛烈に批判する小説を発表した。題材の選びかたが管領の文学を特徴付けているのだが、のみならず、文学的にも昭和私小説文学の再来と高い評価を受け、文壇で独自の地位を占めるに至った。彼を真似て懐疑論文学に乗り出した作家もいないではないが、管領に追いつける作家は未だ現れていない。

短編集、「気候の門」に収められているのはいずれも珠玉の短編ばかりである。そのなかでも最も有名なのが「落ちていたノート」だろう。有名であるだけでなく、管領の文学を代表する名作だ。

物語はシンプルだ。散歩好きの主人公の何気無い日常を描いた物語である。降り続いていた雪が止んでいたので、散歩に出掛けた。その途中で落ちていたノートを拾った、それだけの話だ。

だが、この物語には重厚なテーマが隠されている。拾ったノートの中には、地球温暖化に反対を唱える少女の熱い想いが書きこまれていたのだ。管領はノートを読んだ主人公である「私」の心情に乗せて、実に見事に温暖化論への懐疑を示し、批判を展開しているのである。

この短い小説は、前半、後半の二つの部分から構成されており、それぞれに少女が登場する。最初の部分に登場するのはみさき、「私」の娘である。後半に登場するのは、かがみれい、温暖化に反対を唱える勇敢な少女だ。

管領はこの二人の少女をあざやかに描きわけている。れいは、子供の無邪気かつ曇りのない鋭さで、温暖化研究者の企みを見ぬいている。一方のみさきは、ぬいぐるみからはなれられない幼稚な子供として描かれるのである。管領はれいを懐疑論者、みさきを温暖化研究者に擬しているのだ。

ここで、ノートに書かれていたホッケースティック事件について解説しておくべきだろう。

「落ちていたノート」の中で管領も述べているように、ホッケースティックとは、マイケル・マンが1998年に発表した論文に出てきたグラフに付けられたあだ名である。過去 1000 年の北半球の気温を再現したこのグラフでは、紀元 1000 年から 1900 年ごろまで気温が一定していたのに比べて、1900 年以降は急激に上昇しており、その形からホッケースティックと呼ばれるようになった。

このホッケースティックのグラフは、2002 年に発表された IPCC 第三次報告書の政策決定者向け要約に掲載され、地球温暖化の動かぬ証拠として喧伝された。それほど印象的なグラフだったのである。

そもそも温暖化論には科学的根拠がほとんどない。このグラフの他には、あとはいかようにでも望む結果を得ることの出来る、モデルとよばれるインチキにを用いた予測があるだけだ。だから、ホッケースティックは温暖化論者たちが何に換えても守らなければならない宝となった。

しかし、このグラフには当初から批判が寄せられていた。良く知られているのはマッキンタイアらによる批判だろう。

地球の気候を過去に遡ると、中世の温暖期や小氷期と呼ばれる温度が高い時期や低い時期があったのだ。ところが、ホッケースティックのグラフでは 20 世紀の温度上昇を除いて、ほとんど温度の変化が見られないのである。マッキンタイア達は解析に用いたデータの提供を求めたが、マン達は言を左右にしてなかなかそれに応じなかった。それでも最終的にマッキンタイア達が手にいれたデータから統計的に正しい手法を用いてマンたちと同様の解析をしたところ、20 世紀末に観測された程度の高温は過去にも見られるということが判明したのである。

厚顔にも温暖化論者達はマッキンタイアらに批判を浴びせた。いや、批判と呼べるような代物ではない。2007 年に発表された IPCC の第四次報告書では、問題が明かになったホッケースティックのグラフはこっそりと取りさげられていたのだが、そのことをもって温暖化論者たちは「もはやホッケースティックのグラフが無くても温暖化しているのは疑いの余地がない。それをいまだにあげつらうのは、温暖化のことを分かっていないシロウトか、それとも石油会社から金でももらっているのか」などと誹謗中傷を行なったのである。

しかし、その後も温暖化論者達を狼狽させる出来事が続いた。2006 年には米議会がこれを問題視し、全米科学アカデミーに調査を依頼した。科学アカデミーは、マンの手法には問題が多くて結果に信頼性は無く、20 世紀末が最も高温であるという主張には根拠が乏しいという結論を出した。

決定的な出来事が起きたのは 2009 年であった。IPCC 側の中心的な研究機関である、イーストアングリア大学気候研究ユニット (CRU) から、研究者達のメールが流出した、クライメイトゲート事件として有名な出来事である。当時の研究所長のフィル・ジョーンズや、副所長のキース・ブリファは、人為起源 CO2 の地球温暖化を強調する方向に IPCC を主導した研究者達だった。

流出したメールは衝撃的なものだった。科学者たちの不正が白日のもとにさらされたのである。例えば、ジョーンズがマンに宛てたメールには、マンがホッケースティック論文で使ったものと同じ「トリック」を使って、1981 年以降や 1961 年以降の温度の低下傾向を隠すことができた、と書かれていた。過去のデータは木の年輪を用いて再現しているのだが、年輪データを 20 世紀にあてはめると、実は温度は低下しているのである。当然そんな結果を公表するわけにはいかない。温度の低下の部分は実測値で置き換えて、彼らは温暖化しているというデータを捏造したのである。

この「トリック」という言葉を、温暖化論者達は「うまい方法」というぐらいの意味で使っただけであり、研究者達がよく使う言葉だ、と説明している。納得する人間などだれもいない、苦しい言い訳だ。まあ、たしかに真実を隠蔽する「うまい方法」ではあるのだが。

そのほかにも、二十世紀の気温が急上昇したようにデータを歪曲するためのコンピュータプログラムが見つかった。また、年輪のデータは 20 世紀後半に寒冷化を示すから使わないように、とご丁寧にも警告を発するプログラムさえ見つかった。

さらに、温暖化に疑いを挟む結果が表に出ないように、査読制度を悪用して論文誌にそのような結果を拒否させるようひそかに活動していたこともばれた。意見の対立する研究者の死を喜ぶなど、人間性さえ疑わせるようなメールまで見つかり、もはや温暖化論の権威が地に堕ちたのは、だれの目にも明かだった。

しかし、温暖化論者たちはいまだに地球が温暖化する言い張っている。反論も相変わらずだ。ホッケースティックのグラフには基本的には誤りがなかったと強弁し、マンの言うトリックとは不正ではなく工夫のことだと言いつくろう。いよいよ立場が悪くなると、ホッケースティックが否定されようが温暖化の科学には影響が無いとうそぶくのだが、その舌の根も乾かぬ内にマンたちを擁護する。本当に結論に影響が無いのなら、ホッケースティックを捨て去れば良いはずだ。それをここまで守りたがるのは、彼らにうしろめたいところがある動かぬ証拠なのである。

かように温暖化研究者達は卑劣なのである。だが、彼らは各国の政府を動かし、その力は強大である。しかし、数多くの良心的な科学者達が世界中で戦いを挑んでいる。日本でも、政府やマスコミまでも巻き込んだ温暖化論者達の圧力に屈することなく、心ある人達が声を上げつづけている。その姿は、ローマ教皇に勇敢に立ち向かうガリレオの様である。

たとえば A 氏は科学者の誠実さを長年問い続けておられる。昨年、「温暖化問題はなぜ嘘だらけなのか 13」を上梓され、理工書ベストセラーリストに名を連ねた。また、B 氏は継続的に温暖化論者の科学を問う訴訟を起こしており、近日、環境研究所の研究者に慰謝料を求めた訴訟の判決が東京地裁で言いわたされるそうである。これまでの 8 件の訴訟には不当判決が下ったが、聞くところによると、今回の訴訟はこれまでになく有利に運んでいるようで期待したい。

そもそも、近年、地球温暖化と矛盾する観測事実が増えている。太平洋 10 年規模振動 (PDO) は寒冷なモードのまま戻らない。温暖化論者達は、そのうち温暖化する、そうなれば大変なことになるなどと言いつづけているが、もはや信頼する人間はいないだろう。

北極海の海氷の減少は、2007 年、2016 年、2019 年に観測され、温暖化論者が好んで取り上げている。2019 年などは北極点の氷が消えたと、その他の海域には海氷が残っていたにもかかわらず、夏に一時的に消えただけなのに温暖化論者たちは大騒ぎした。もちろんこれらは一時的な現象で、2020 年以降は海氷が回復しつつある。だが、温暖化論者たちは不誠実にもそれを無視している。

さらに近年、太陽黒点は現在増加しつつある。太陽活動と気候との関係を立証したスベンスマルク理論によれば、温度が上昇すべき時期なのだが、地球の平均気温の動きは過去の黒点数減少期と変わらない。これは地球が寒冷化している有力な証拠なのだが、温暖化論者達はいろいろと難癖を付けて未だにスベンスマルク説を採用していない。

温暖化論がぼろぼろなのはだれの目にも明らかである。管領の「落ちていたノート」に出てきたクマのぬいぐるみのごとく、もはや崩壊を免れ得ない。しかし、温暖化論者達は見苦しい言い訳を繰り返し、絶対に手放そうとはしない。みさきと同じである。

そう、みさきは温暖化論者の暗喩であり、ホッケースティックはライナスの毛布なのだ。

そして、温暖化論者の欺瞞に怒る少女、れい。童話に出てくる王様は裸だと言った少年と同じ素直さだけが、真実に触れられるのである。地球温暖化の欺瞞は、この少女のように、汚れなき心で物事をシンプルに捉えることができる、しかしながら世に満ちた雑音に左右されない強い心を持った人間だけに見ぬくことができるのだ。

他の懐疑論者が戦いを続ける中、管領は、温暖化小説を書いていなかった。「門」三部作を書いたあとは、一般小説を書いていたのである。残念に思っていたのは私だけではあるまい。正直に言えば、温暖化に関係無い小説を書く管領に対して歯痒い気持ちを抱いていた。

しかし、うれしいことに、彼は再び懐疑論小説を書きはじめたようだ。以前の「門」三部作が短編集であったのに対して、次回作は長編らしい。しかも、題材はふたたびホッケースティック、そして、クライメイトゲート事件だと聞いている。

ホッケースティックのグラフは地球温暖化論者にとってのイコンであり、そして、彼らの欺瞞の象徴だ。温暖化論者たちは、もう温暖化における意味はないと主張し、疑惑をごまかそうとするだろう。だが、それは偽りである。彼らはホッケースティックを手放すことが出来ないのだ。

これからも、温暖化論者が温暖化論を放棄しない限り、我々はその不正を追求しつづける。戦いは長く続くだろう。そして、ホッケースティックはその戦いの本丸なのである。

管領が再びホッケースティック小説を書く。いつに無く活発な近年の温暖化懐疑論を一段と盛り上げることだろう。楽しみに待ちたい。

赤山 公敦 (あかやま・きみあつ) 社会学者、学校法人懐疑論学園理事

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この小説はフィクションであり、実在の人物、組織、団体とは関係ありません。将来のできごとについては、根拠のある予測ではありません。また、温暖化に関する実在の事件について論じている部分がありますが、筆者の見解とは異なります。本文中に見られる懐疑論者の意見は、田中宇さんのこちらの記事を中心にいくつかの懐疑論を参考に構成しましたが、かならずしも参考にした意見に忠実に書いたわけではありません。
タグ 記事:ホッケースティック小説 はてなブックマーク - ライナスの毛布 (2) 2022 年版解説
2010.03.28 Sun l 懐疑論(陰謀論系) l COM(0) TB(0) | top ▲

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