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ブラインドの隙間から光が漏れていることに気付いた。

隙間を指で広げ、外の様子を見てみる。朝から空を厚く覆っていた雲がいつのまにか消え、冬の太陽が顔を出していた。

急いでブラインドを上げた。二階の窓の外に広がる世界は白く、あかるい。二日間、断続的に降っていた雪が地表の全てのものにかぶさっていてかがやき、鈍い二月の空色に浮かぶ太陽の光を補っている。

窓を開けた。狭い書斎に空気が流れこむ。冷たいが、不快ではない。そして、静かだ。雪が音を吸っているのか。外を出歩く人も少なそうだ。

散歩の虫がうずく。週末のあいだ、家に閉じ込もっていたせいで、無性に外を歩きたくなった。明日締切の書き物を放りだして、厚着をし、書斎を飛び出した。
玄関から

「行ってくるぞ」

と、台所でなにやらしている家人に声をかけた。私の散歩好きを知っている家人からは、

「はいはい」

と気の無い返事がかえってくるだけだ。そのかわり、娘がちょこちょこと歩いてきた。いつも一緒のクマのぬいぐるみを引きずっている。

「ぱぱ、どこいくの?」

早生まれで三歳になったばかり、最近どんどん言葉を覚えている、ちょっとませた娘だ。連れていってほしげに私を見あげている。

一人で歩きまわりたいが…。どうしたものか。

しゃがんで目線の高さを合わせて、娘と話す。

「お散歩に行ってくるんだよ」

「おさんぽ?みさちゃんも行きたい。」

娘の名前はみさき。自分のことを、私達が呼ぶのとおなじく、みさちゃんと呼ぶ。ちょっと舌足らずだから、音は正確には、みたたん、に近いか。

「行きたい?でも、そとは寒いぞー」

「寒くてもいいもん」

「このくらい寒いぞー」

そういいながら、両手で娘の顔をはさみ、ほおをこすってやる。きゃっきゃと喜ぶ娘。

タオルで手をぬぐいながら、妻が玄関に出てきた。

「みさちゃん、外は寒いから、おうちにいましょうね。」

「いやだ、ぱぱといっそにおそといくー。」

駄々をこねる娘。

「そとは寒いぞー」

そういって娘の体中をくすぐってやると、きゃっきゃと身をよじる。

妻は私が一人で散歩したがっているのを感じ取っているようで、娘に家に居るように説得する。だいたい娘は風邪が治ったばかりだ。まだ家で寝ていたほうが良い。外は寒すぎる。

だが、娘は外に行くとゆずらない。

「それなら行ってもいいけど、五右衛門は置いていきなさいね!」

妻が強く言う。五右衛門はぬいぐるみのクマの名前だ。娘が生まれたときからそばにいた。

「いやだー、ごえもんもつれていく」

「でも、五右衛門ははだかでしょ?寒いと風邪ひいちゃうよ?みさちゃんみたいにお熱が出ちゃうよ」

もともと、ぬいぐるみは服を着ていた。だが、常に一緒の娘が乱暴にあつかうので、いつしか擦り切れてしまった。見かねた妻がクマ用の服を縫ってやったのだが、それも長く持たずに破れてしまい、それ以来はだかのままだ。

「五右衛門は置いていきなさい!」

妻が強く言う。

「じゃあ、みさちゃんもおそといかない!」

娘も力強く宣言した。

腕組みをした妻は溜め息をつく。

「どうしてこの子は五右衛門がこんなに好きなのかしらね。こんなにぼろぼろなのに」

服だけではない。三年ものあいだ娘とともに過ごしたクマはいろいろなところがほつれ、腕のひとつなどもげてしまいそうだ。いつも寝るときは一緒で、いや、寝るときだけではなく常に一緒で、引きずって歩き、頬をこすりつけ、なんどもキスし、と、破れ、汚れそうなことばかり。明い茶色のクマだったのに、くすんだ色になってしまった。

「まあ、ライナスの毛布ってやつだろうな。」

「あ、それ知ってる。子供がずっとはなさないもののことでしょ?」

「そう、スヌーピーに出てくるライナスって子が毛布をいつも引きずっているから、ライナスの毛布ってよばれてるらしい。」

別名、安心毛布。幼い子供が常に肌身離さず持ちあるく物を言う。それと一緒に居て、ふれあっていれば安心できる、手放すと不安にかられる、そんな執着の対象。

娘はクマを抱きしめて、上目遣いで私と妻を交互に眺め、不安そうにしている。

「みさちゃん、ここにずっといるとまたお風邪になっちゃうよ。あったかいところ行こうね。」

妻が言うが、娘はクマを抱く手と妻を見あげる目線にぎゅっと力を込める。

「大丈夫だから。五右衛門捨てたりしないから。」

「ほんと?」

「ほんと。だから、ぬくぬくしよう。」

うん、と、でも、心を許していない様子で、娘はうなずいた。妻が娘の手を引き、娘はクマを小脇に抱えて、奥に引きあげていく。

「じゃあ、行ってくるから。」

妻の背に声をかけた。


* * *


気温は低いのだろうけれど、外は風もなく、弱いながらも冬の陽が感じられ、寒さは厳しくはなかった。隣家の庭の常緑樹に積った雪が解け水を含んできらきらとかがやき、雫がたれて地面を叩く音がする。深呼吸をすると、雪の匂がした。雨の日の匂いをもっと冷たく無機質にしたような、そんな水の匂いだ。

人通りはほとんどない。住宅街の中は車の通りも少なく、除雪の行き届いていない車道に積った雪には数本の轍が刻まれているだけだ。雪を踏み固める自分の足音が聞こえるほかは、静かだ。

家に閉じこもっていた二日間がとても長く思えた。せっかくだから、いつもと違うコースを歩いてみることにする。

人っ子一人いない公園を抜け (雪が積っていて歩きにくかった) 、一旦大きな道に出る。汚れた雪が残る車道を、チェーンを着けた車がしゃりしゃりと独特な音を立てて、ゆったりと追い越していく。少し歩いて道路を渡り、ふたたび小径に入る。

しばらく歩いて角を曲ると小学校が見えてきた。温暖化懐疑論小学校、このあたりでは「懐疑小」と呼ばれている学校だ。私立の学校法人が経営していて、理事長には有名な元大学教授が就いている。退職後、彼が著す地球温暖化の嘘を非難した本がベストセラーとなり、その売り上げで学校法人を立ちあげた。出来てから数年になるが、教育には定評があり、有名私立中学にもある程度の人数を送りこんでいる。新しい小学校としては健闘していると言えるだろう。子を持つ親達の人気も急上昇中だ。

みさきもそろそろお受験のことを考えないとな、と思う。ぬいぐるみから離れられない娘も、あと三年もしたら小学生だ。懐疑小に入れるだろうか?小学受験は親が見られるから、どちらかというと私達が準備をしないといけないのかもしれない。

道にノートが落ちていて、驚いた。懐疑小の生徒のものだろう、「こくご」と書かれた学習帳の表紙には、花と昆虫の写真があしらってある。名前の欄には、

「かいぎ小学校 1 年 4 組 かがみ れい」

と、母親が書いたのだろう、達筆な文字が細めのマジックで記されていた。

少々雪で濡れている。かわいそうに、れいちゃん、女の子だろうか、今頃困っているだろう。あとで届けてあげよう。

中を見ると、十字が切ってある 1 行 15 マスの方眼紙に元気一杯文字が書いてあった。読んでみる。一年生にしてはかなりの長文だ。

「ほっけーすてぃっくについて

きょうは、せんせいが、ホッケースティックを、はなしました。すごくよかったです。ホッケースティックは、マンというひとがうそおつきました。ほんとうのことじゃないです。そして、マンは、そのせいで、みんながちきゅうおんだんかのことをしんじるようになりました。そして、せかいじゅうがにさんかたんそを、へらすことになりました。そして、おかねを、わるいことをして、もうけるわるいひとたちが、いっぱいいます。

わたしは、マンは、すごく、すごく、わるいとおもいます。そして、うそばっかりついています。そして、ぜったいにゆるしません。そして、わたしたちはぜったいにまんを、ゆるしてはだめです。

そして、せんせいはマンとたたかっているひとたちの、はなしをゆいました。わたしは、やったとおもいました。まんは、もうだめです。わるいひとたちと、おんだんかは、いなくなってしまえばいいと、すごくおもいました。」

すばらしい。懐疑小では 1 年生から温暖化懐疑論を教えているようだ。

ホッケースティックとは、マイケル・マンの 1998 年の論文に出てきた、地球の平均気温を記したグラフだ。過去長きにわたってほとんど気温の変動がなかった時期を柄に、その後の気温の急上昇をパックを打つ部分に見立ててホッケースティックと呼ばれるこのグラフには、産業革命以後の温暖化傾向があまりにも顕著にあらわれている。地球が温暖化していることの決定的な証拠として 2001 年に公表された気候変動に関する政府間パネル (IPCC) の第 3 次評価報告書に記載された。

ところがその後、このグラフに問題があったと指摘する研究が多数発表されたのだ。

問題はさらにひろがる。ホッケースティックでおこなわれたインチキは、2009 年に研究者達のメールが流出したことによって白日のもとにさらされた。インチキだけではない。反論を査読を用いて葬り去り、対立する研究者をののしり、侮辱するあきれた研究者達の実態が明らかになり、温暖化研究者への疑惑と嫌悪が世界に広まった。マン達のいんちきは、小学校低学年の子供にもわかるほどのものだったのだから、あたりまえである。

ぼろぼろになった温暖化理論と、それに執着する温暖化研究者。私は娘とクマを思い出していた。

ノートには赤ペンで花丸が書いてあり、

「かがみさん、せんせいのはなしがよくわかりましたね。これからもおんだんかのうそについてべんきょうしようね」

と添えてある。

おもわず顔がほころんだ。ホッケースティックの欺瞞は、地球温暖化論が存在するかぎり、永遠に語りつがれるべきものだ。優秀な子供達に、小さなころから地球温暖化の真実を教え、次世代の懐疑論者を育てるという懐疑小の取り組みに、心が熱くなった。

雪片がひらひらと舞い降りてきた。空を見あげると、流れの早い雲に太陽が隠されている。

すうっと、冷い風がほほを撫でた。急に寒く感じた。

地球温暖化なんて、信じられるか、と思った。

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この小説はフィクションであり、実在の人物、組織、団体とは関係ありません。また、温暖化に関する実在の事件について論じている部分がありますが、筆者の見解とは異なります。
タグ 記事:ホッケースティック小説 はてなブックマーク - ライナスの毛布 (1) 掌編小説 「落ちていたノート」
2010.03.12 Fri l 懐疑論(陰謀論系) l COM(2) TB(0) | top ▲

コメント

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2010.03.17 Wed l . l 編集
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2010.03.18 Thu l . l 編集

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