上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
はてなブックマーク - スポンサーサイト
--.--.-- -- l スポンサー広告 | top ▲
優秀な学者として

温暖化問題を中心に見ている私にとって、槌田氏はたいへん困った研究者であるとしか思えないのだが、じつは氏はそれだけの人ではない。これまでに多くの人を引きつけてきた、大変影響力の大きな、そして優秀な学者なのである。

槌田氏がどのような経歴の人であるのかをざっと見てみると、東京大学の大学院で物理を学ばれ、その後、助手をされ、そのあと、理化学研究所に転出されたのであって、この略歴を見れば、将来を嘱望された大変優秀な研究者であったのだと私には思えるのである。
そんな槌田氏はエントロピー学会を立ち上げるのであって、その設立に関わる話はこちらに書かれており、この文章の中には槌田氏の名が何度も登場し、いかに学会の立ち上げに当たって活躍したのかがわかるのであり、中身を読むと、エントロピー学会設立に先立って毎年シンポジウムが開催されていたことがわかるが、これの口火を切った人物として槌田氏の名前があって、中心的な役割を果たしていたことがわかる。

私は個人的には温暖化問題をエントロピー中心で考えるのは害が多いと思うのであるし(中心に据えなければ良いことだと思う)、なぜそう思うのかは将来書こうと考えているが、そんな立場の私でも、環境問題をエントロピーでとらえようとした槌田氏の思想は評価されてしかるべきだと思うし、現に評価している人、そして、そんな氏に影響を受けた人は少なくないのであって、それについての例が先にリンクを示したエントロピー学会設立に関する記事であり、そのほかの例としては、こちらの記事の lanccet2 さんと私のコメントを参照していただきたい。

槌田氏はいつのころからか反原発に手を染められた模様であり、これは当時としては大変なことであろうと推測するのであって、かなり理研の中での槌田氏の立場を圧迫したのではなかろうかと思うが、私には 1970 年代あたりの思想や社会運動の風景を同世代として知っているわけではないので、これは想像でしかない。

しかし、最終的に槌田氏は名城大学という中部地方の私立大学で教鞭を執られることになるのであるが、環境によってはもっと物理学の研究に強みを持つ、旧帝国大学をはじめとする有名大学の教官になれたかもしれないとは思うのであって、やはりなんらかの強い圧力が存在したのではないかと思うのである。

妥協を許せぬ性格

そして、圧力の下、苦難が続いた研究歴が、槌田氏の現在の性格を形作ったのではなかろうかと私は思うのである。提訴の件を見るに、私が槌田氏の性格の中でもっとも特徴的だと思うのは、その妥協を許さぬ姿勢である。

人間は、とくにプロフェッショナルとして仕事をしていくには、多くの場合になんらかの妥協が要求されるのであって、もちろん妥協だけだと人生がつまらないものになってしまうわけだが、なにか数少ないプレシャスなものを妥協せずに守っていくために、その他のところで数限りない妥協をしていく必要が普通の人には出てくるのであって、しかし、槌田氏は一切の妥協を拒否しているのではなかろうか。

たとえば槌田氏は自ら立ち上げたエントロピー学会を飛び出すのだが、それがどうも「エントロピー学会」の他の面々と、地球温暖化のことで対立したかららしいのであって、槌田さんの地球温暖化に関する論説を見るにつけ、こんなことで盟友たちと袂を分かってしまうのはもったいないと思うのであって、そんなところに妥協をできない性格というものを私はつよく感じてしまうのである。

また、今回の「天気」論文不受理問題にしても、地球温暖化人為起源説の否定、という大きな目的の達成という観点に立てば、いろいろと妥協したうえで論文を通すことができる可能性はあるので、それについては書いてきたとおりだが、ここでも槌田氏が妥協を排して臨んでいるのは訴状などをみればわかるとおりである。

槌田氏の戦略

しかしながら、妥協をしない、という人生の戦略はあり得るのであって、槌田氏はそうした戦略をとっているようにおもえる。

槌田氏は才能と影響力のあるとても魅力的な人物であることはたしかで、その氏が妥協を排して地球温暖化という「社会の悪」と戦い続けると、その戦いは「聖戦」としての性格を帯びてくるのであり、そして、槌田氏にある種の「聖性」をまとわせることになると思うのである。

そうである、ここでは槌田氏が取っていると思われる戦略について書く、と先の記事に書いたが、私には、槌田氏が「聖人」戦略をとっていると思われるのある。

この「聖人」戦略をとっている限り、槌田氏はもはや社会が CO2 温暖化説を取り入れようがどうしようが気にならないのであって、何より大切なことは槌田氏とその追随者が CO2 温暖化説CO2 温暖化否定説を捨てないこととなっており、外部からどのように批判されようとも取り合わず、よりその「人為起源 CO2 温暖化説否定論」の高度化と純化を追い求めることになり、批判でかえってその求心力は高まり、そして求心力が高まるのと反比例して、一般社会は遠のいていくのである。

これは大変悲しいことであって、少なくとも温暖化論に関して言えば、もはや外部の人間は槌田氏とコミュニケーションを取ることができなくなっているのである。

それが端的に表れたのが今回の訴訟であって、それに、たとえば今回の訴訟で槌田氏が敗訴したとして、槌田氏はまったくどこ吹く風のはずであって、裁判所から否定されても、あいつらは科学がわかっていないし国家権力の手先だと吹聴するだけで事が済み、厳しい戦いであればあるほど「聖戦」の美しさは増し、より求心力が高まる仕組みであり、「聖人」戦略をとっている限り、下手に気象学会の言うことを受け入れて何らかの和解をするよりも敗訴の方がずっとましなのである。

一方で、社会への影響は、少なくとも温暖化の科学に限って言えば、残念ながら槌田氏が今後大きな役割を果たすことはないのであって、たとえば今回の訴訟で勝訴したとしても、こちらの記事で述べたとおり、戦況に影響を与えることのない奇襲攻撃に終わってしまうのであって、外部の研究者は言うことが理解できず、槌田氏の言うことは温暖化論の行方に影響を与えられないのである。

槌田氏が取っている、「聖人」戦略、というのは、残念ながら一般社会に自分の考えを認めさせるための戦略ではないのであって、それは先に書いたとおり、人生の戦略、であって、槌田氏が自分の大義に殉じることによって、幸せな一生をおくるための戦略なのであった。

まとめ

今、ウェブ上やマスコミ上の言論を見渡してみるに、一部の追随者のホームページを除くと、槌田氏のことが取り上げられることは少ないのである。たとえば、以前このブログでも取り上げた(こちらの記事)資源・エネルギー学会の討論会には呼ばれていない。槌田氏の報道を見るのは、今回の訴訟があったからであって、私もそれがなければこのブログで取り上げることはなかったのである。

その理由は科学的に魅力的なことがないからであって、なぜならば現時点で槌田氏の言っていることから地球温暖化人為起源 CO2 地球温暖化を否定できるだけの議論を組み立てることが難しいからであるが、しかしながら槌田氏はそのことに気がついていないように思える。

槌田氏の経歴、能力を考えると、彼が他の科学者と議論ができなくなっていること、そして、氏の科学知識が一般社会に流れていかないことは残念ではあるが、いたしかたないのかな、と思う。そして、氏が温暖化の議論に大きな影響を与えることはできないのである。

氏の妥協をしない性格が、それを阻んでいるのである。そして、この状況はこの先変わることはないと、私は思うのである。


---
2009/11/21 とおりすがりさんのコメントにより本文を訂正しました。
タグ 記事:槌田氏の裁判 はてなブックマーク - とほほ、提訴って (10) 槌田氏の取っている戦略
2009.08.15 Sat l 懐疑論(研究者アホアホ系) l COM(2) TB(0) | top ▲

コメント

No title
onkimoさんは、いつまでも権威に阿るトリックスターを続けていてください。
都合が悪くなっても、このブログと記事が、いつの間にか消えてなくなりませんように・・・

>地球温暖化を否定・・

誰も「温暖化を否定」しているわけではないよ。
槌田さんは、温度が先で炭酸ガスは後という事実を明らかにすることで、人間由来の炭酸ガスは温暖化にほとんど影響がないと言っているだけ。
トリックは使わないでね。

>槌田氏のことが取り上げられることは少ない・・・

温暖化が人間のせいだと言っていれば、銭が入ってくるのだから、権威やマスゴミが都合の悪い反論を無視するのは当たり前でしょ。
2009.11.21 Sat l とおりすがり -. URL l 編集
Re: No title
わざわざこんな過疎ブログにコメントいただき、ありがとうございます。

> onkimoさんは、いつまでも権威に阿るトリックスターを続けていてください。

権威におもねることになるかどうかはわかりませんが、これまでの温暖化研究の蓄積は大切にしています。あと、トリックスターかどうかは読者の判断に任せましょう。

> 都合が悪くなっても、このブログと記事が、いつの間にか消えてなくなりませんように・・・

ブログの存続を願うコメント、ありがたいです。

> >地球温暖化を否定・・
> 誰も「温暖化を否定」しているわけではないよ。

校閲、大変助かります。本文訂正しました。

> >槌田氏のことが取り上げられることは少ない・・・

あ、これは誤解されてしまったようで。私が言いたいのは、温暖化懐疑論の中でも、槌田さんの懐疑論は伊藤公紀さんや赤祖父俊一さん、丸山茂徳さん達の論と比べて科学的に劣るから取り上げられにくい (その例がエネルギー・資源学会の討論)ということで、マスゴミとはあんまり関係ありません。

でも、槌田さんは武田邦彦さんとはすくなくとも同じくらいの科学的能力は持たれているように見受けられますので、たしかにもっとマスコミに取り上げられても良いかも知れませんね。
2009.11.21 Sat l onkimo -. URL l 編集

コメントの投稿












       

トラックバック

トラックバックURL
→http://onkimo.blog95.fc2.com/tb.php/70-57b88a7a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。