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この記事がアップされるのは、槌田さんが気象学会を提訴した裁判の第一回口頭弁論の前日なのである。はたして、裁判の行方はどうなるのであろうか?というより、それ以前に、一体、誰か盛り上がっている人はいるのだろうかと疑問ではあるが。
(もちろん、私は勝手に盛り上がっているのである。どっちもがんばれーーーー)

さて、先の記事では槌田氏論文の問題点を一つ、議論の枝葉のところではあるが、見てみたのである。この記事では、いよいよ槌田氏論文の本題について見ていき、どのような誤謬を含んでいるかを説明するのである。

先の記事と同様、槌田氏論文の pdf ファイルを開いて、議論を追いかけてほしいし、また、wikipedia の「誤謬(ごびゅう)」のページも参照するとさらに良いのである。

槌田さん論文の構造

槌田氏の論文は短いが、その中に議論に関係ないことが、たとえば河宮氏の天気でのコメントはなってないとか物理学会の話題の欄に掲載されたとか、まあとにかく無駄なことがたくさん書かれているので、それを取り払って見ていかなければならなず、意外に理解に手間取る。無駄な部分を取り去ることでようやくシンプルな、というよりシンプルすぎる議論が見えてくるのである。

先の記事に書いたとおり、槌田氏論文の図 6 には、CO2 濃度変化率と気温の関係が書いてあって、ここから、CO2 の年ごとの増加率を y (ppm/年)、温度の平均値からのずれを x (℃)として、y=2.39x+1.47 となるのだ。ここで、温度の平均値、というのは、1971 年から 30 年間の平均気温。

これにより、槌田氏は次のような議論をするのであった。

”CO2 濃度変化率と気温の間には y=2.39x+1.47 なる関係式があるので気温が CO2 濃度変化の原因であり、 そう考えると気温が解析した期間においては、CO2 濃度が変化しない気温より 0.6 度、高かったことになり、よって大気中の CO2 濃度の増加は自然起源である”

これが、私の思うところ、この論文で読者が読み取るべきことの全てなのである。いや、槌田氏としてはこれまでの気象学会の非道を記した部分も読んでほしいのであろうが、サイエンス的なことで読むべきことはこれでつきているのである。

この議論の流れ、よくよく読むと「おいおい」と槌田氏の背中をどつきたくなるような変な具合になっており、ここからその点を説明してしまうのだ。

論証 (前提と結論のセット) と論証との間がやや複雑に絡み合っているのですっきりと切り分けることはできないが、上の議論には次の二つの論証が隠れている。

I: CO2 濃度の変化率と気温との間には相関関係がある。よって CO2 濃度変化率の変動は気温の変化(という自然現象)で説明できる。
II: CO2 濃度変化率(=増加率)の変動は自然起源である。よって CO2 の増加は自然起源である。

まず、論証 I、「CO2 濃度の変化率と気温との間には相関関係がある。よって CO2 濃度変化率の変動は気温の変化(という自然現象)で説明できる。」 についてであるが、ここに見られる誤謬は、「擬似相関」とよばれるタイプのもので、「誤謬」の記事には、

相関関係と因果関係の混同(擬似相関) - 相関関係があるものを短絡的に因果関係があるものとして扱う。「撲滅された病気の数とテレビの普及には相関関係がある。よってテレビが普及すれば病気が撲滅される。」(両者は時間の経過により独立に進んだだけだが、数値上は両者に相関ができてしまうので、因果関係があるかのような勘違いをしてしまった。)


と書かれているのである。

槌田氏は CO2 の濃度変化率の変動と気温の間に”相関関係があること”を見つけたのだが、それは、それ"だけ"では、因果関係を示すことにはならないのであって、読者としては、「まあまあ、落ち着いて落ち着いて」と思う訳なのである。

まあ、槌田氏の言うとおりの因果関係はありそうだな、と私でも思うのだが、論文中で、相関"だけ"で話を終わらせるのは、あまりにもうっかりしているのであって、なにかメカニズムを見つけて、因果関係が成り立っていることを丁寧に説明することが大切なのだが、その大切なことを怠っている、といわざるをえないのである。

つぎに論証 II 「CO2 濃度変化率(=増加率)の変動は自然起源である。よって CO2 の増加は自然起源である。」 についてであるが、このなかには、「早まった一般化」と「論点先取」が見られるのである。

まず、早まった一般化、というのはなにか、というと、「誤謬」記事には

早まった一般化 - 十分な論拠がない状態で演繹的な一般化を行うこと。「1, 2, 3, 4, 5, 6はいずれも120の約数だ。よってすべての整数は120の約数である。」


という説明があるのである。

槌田氏論文の議論でも、かりに先の論証 I を真であると認めて、図 5 で見られる "CO2 濃度増加率の変動"が気温の変化で説明できるとしても、これは"CO2 濃度増加率"そのものを説明できたことにはならないのであり、それは、温度にかかわらず、"変動"せずに増加している部分があるからである。

式も使って書き直してみると、論証 I で説明できたのは、y=2.39x+1.47 においては 2.39x の部分が気温 x に連動しているのであるからこの項 2.39x についてのみであり、この項が説明できたからと言って、気温 x と関係していない定数項、1.47 の方については実はなにも説明したことにならないのである。

しかしながら、槌田氏は 2.39x が説明できるから 1.47 も気温の変化(という自然現象)で説明できるとしており、これは「早まった一般化」というもので、読んでいる側からすると、「あいたたた、やっちゃってるなぁ、この人」てなものである。

同時に、槌田氏は「論点先取」という誤謬もやらかしていると思うのである。論点先取とは、「誤謬」記事によると、

論点先取 - 結論を前提の一部として明示的または暗黙のうちに使った論証。形式的には間違っていないが、結論が前提の一部となっているため、全体として真であるとは言えない。「彼は正直者なんだから、ウソを言うわけないじゃないか。」


ということだ。

槌田氏論文で何を言っているかを見てみると、

この第 6 図において、第一次近似として実曲線の部分だけを用いて回帰直線を作ると、大気中 CO2 濃度変化率がゼロ ppm/年となるのは気温偏差がマイナス 0.6 ℃程度の時である。このことから、1971 年から 30 年の世界平均気温は大気と陸海の間で CO2 の移動が実質的にない温度よりも 0.6 ℃程度高温であり、この図の範囲での結論として大気中 CO2 濃度が毎年上昇していることが示される。
 これにより、現実の大気中 CO2 濃度増は主に気温高による自然現象であると結論できる。


となっており、よくよくその論理の流れを読んでみると、

" (1.47 の部分が気温高という自然現象で説明できるので)この 30 年の世界平均気温は 0.6 度高かった。よってO2 の排出は自然現象で説明できる"

と言うことを結論「現実の大気中 CO2 濃度増は主に気温高による自然現象である」を導くための補強に使っているわけである。

つまり、CO2 濃度の増加のうちの定数項 1.47 は自然現象で説明できるから、自然現象なのである、という、「自然現象で説明できる」という結論を先に使って平均気温が 0.6 ℃高かったことを導いており、そこであらためて結論を導く、という、「結論を前提の一部として使った」議論となっており、論点先取の誤謬をやらかしてしまっているのであって、単純化して書き直してみるとなんのことやら訳がわからず、読んでいる側としては、「おいおい、落ち着けよ」てな具合なのである。

誤謬の総合商社

というわけで、槌田氏の論には、「前後即因果の誤謬 」、「相関関係と因果関係の混同」、「早まった一般化」、「論点先取」と、そこかしこに誤謬が見られ、いわば誤謬の総合商社といった様相を呈しているのであり、「論文」と称されるものの中にこれだけ誤謬があってはさすがにまずいのであって、いくら気象学会でも受理するわけには行かないのである。

もちろん、誤謬とはある意味形式的なものであって、論理が飛躍しているというだけであるから、丁寧に間をつないでいけばよいのである。そのためには、たとえばなぜ気温が上がると CO2 濃度の増加率が上昇するのか、とか、どうしてこの 30 年は 0.6 度気温が高かったのか、といったことをきちんとしたメカニズムで丁寧に説明すればいいわけなのだ。

でも、それがなされていないからこんな誤謬だらけの奇っ怪な論文になってしまうのである。物理学会が…とか、河宮が…とか関係のない批判にかまけていないでしっかりと背後にあるメカニズムを一生懸命説明してほしいものである。

と、ここまで書いたところで槌田氏の訴状槌田氏の陳述書を読んでみると、実は続きの論文にメカニズムを書いていたらしいことがわかって、槌田氏すみません、なのである。たしかに槌田氏論文のタイトルにはローマ数字で I と書いてあり、また、論文中には因果関係を II で考察するというように書いていたのだ。だから、ここで私が誤謬だと言ったことは全て勇み足であって、II を読んでから議論すべきであったのだ。申し訳ない。

と書こうとしたのだが、槌田氏の訴状をよくよく読んで仰天したのである。それについて語るのであるが、長くなってしまったので次の記事に。
タグ 記事:槌田氏の裁判 はてなブックマーク - とほほ、提訴って (3) 誤謬(ごびゅう)の総合商社
2009.07.08 Wed l 懐疑論(研究者アホアホ系) l COM(4) TB(0) | top ▲

コメント

No title
数学や科学などはよくわかりませんが、CO2温暖化論者がそれに疑問を持つ者を攻撃するとき、言葉の端々に下品な権威におもねる太鼓持ちの資質を感じてしまうのはどうしてだろう???
金融工学とサブプライムのように根拠薄弱で数兆円もの国民の財産を散在させる詐欺師の負い目なのでしょうか・・・
人間ごときのはき出したCO2だけで地球が熱くなる等というとんでも詐欺を展開するなら、長期や短期、訳のわからん仮説や数式ではなく、本物のアホでも納得できるように、「海水温が0.何度か高くてCO2を放出し続けるために、大気中濃度が上がり続ける・・」くらいにわかりやすい温暖化メカニズムの説明をしてほしいものです。
くれぐれもIPCCが言っている等と煙に巻かないで下さいね。IPCCなど、サブプライムにAAAのお墨付きを与えた格付け会社みたいなものですから。
疑問に対して再疑問をぶつけて揚げ足取る本末転倒の前に、主流派は疑問が出ないようにCO2温暖化論とやらを完全にしてほしいものです。
説明責任と言うのは、国民の金を使う主流派にあるのです。
環境問題と言うなら省エネで原油の輸入を減らせばすべて解決でしょう。
排出権取引や原発、スーパーコンピュータなどで莫大なむだ金が消えてしまったあと、冷害不作で貧乏人は飢えて死ねというのでは、死んでも死にきれませんよ。
2009.07.11 Sat l 一般人 -. URL l 編集
Re: No title
一般人様

> 数学や科学などはよくわかりませんが、

科学がわからない方には温暖化のことを理解していただくことはできないんですよ。
ごめんなさいね。
2009.07.11 Sat l onkimo -. URL l 編集
No title
一般人にわかるようにするのが科学的態度、わからん者はだまっとれと銭巻き上げる輩を詐欺師というのです。

2009.07.11 Sat l 一般人 -. URL l 編集
Re: No title
> 一般人にわかるようにするのが科学的態度、わからん者はだまっとれと銭巻き上げる輩を詐欺師というのです。

???一般人はみんな科学がわからないのかな???それとも、一般人って、一般人さんのこと???

一般人というのが一般人さんのことではなくて世間一般で言う一般人のことを指すと仮定してそして以下でもそういうつもりで書きますが私は一般人には温暖化が理解できないと言ったのではなくて科学がわからない人には温暖化が理解できないと言ったのです。

一般人がみんな科学がわからないわけではないと思うのですが。それとも、科学がわからない人のことを一般人というつもりで一般人と使われたのでしょうかね?

もう一度書いておきます。
> 科学がわからない方には温暖化のことを理解していただくことはできないんですよ。
> ごめんなさいね。
2009.07.11 Sat l onkimo -. URL l 編集

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