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やっとわかったのである。槌田氏が言わんとすることが。なんとなくだけど。

槌田氏は先月気象学会を提訴したのである。気象学会の雑誌に投稿した論文(こちら)が掲載されず、また、学会での講演を拒否されたとして慰謝料 100 万円を求めたのだ。この提訴の報道を読んで私は大変驚き、こちらの記事を書いたのだ。記事を書いたあとも、ウェブ上で見つけたいろんな資料を追記しているので、お暇なら参考にしてほしい。

なぜ槌田氏は提訴に至ったのかその心の動きを知りたいと思ったので、槌田氏の論文を読んでみたのだが大変困難な作業だった。実は、何が言いたいかを完全に理解できてはいないのだ。見た目は簡単で短いのだが理解するのに骨が折れる論文なのである。でも、槌田氏のお仲間の書いた文章などを読みそれを参考に論文を数度読み返すに、ふっと腑に落ちた瞬間がわたしに訪れたのだ。槌田氏の言いたいことはなんとなくわかった気がする。

っていうかもうこれ以上考察を加えるつもりがないってだけのことなんだけど。腑に落ちたからとりあえず満足なのである。

そしてあらためて思ったのである。これでは受理されないよ。

いろいろと論じようとつらつらと考えてみていると、私の心の中にいくつかの論文の問題点がわき上がって、最初はもやもやとしたものだったのが次第に形になってきたのである。

ということで、槌田氏論文の問題点について述べどうすればよいかを考える記事をこれから書くのだ。

なお、よくわからないのだが論文の第一著者は、槌田氏ではなく近藤氏で、だから近藤論文と書くべきかも知れないが、なぜか裁判の原告は槌田氏であるので槌田論文とここでは呼ぶのである。

槌田論文の概略

一応槌田さんの論文についてざっと見てみるが、短くて論文自体はあんまり難しくないから、よくよく槌田さんの結論を理解しようとすると難しいのではあるけれどもそれでもぜひ読者の方々も読んでほしいのである(こちらをクリックして、PDF ファイルを開いて、アクロバットリーダの窓をブラウザの隣に並べてこの先を読んでもらいたいのである)。とりあえず、ちょっとかったるいけれどここでざっと見てみることにするのである。

槌田氏は最初に、Keeling の観測した右肩上がりの CO2 濃度のグラフと、大気中の CO2 濃度と世界の平均気温(の平年からのずれ)とを図 1 に描いて見せているのである。リンク先の図を見てもらうとわかるけれどこの二つからは CO2 濃度と気温との相関関係を読み取りにくいのである。

そこで、次は Keeling の行ったながーい時間の変動を取り除いて数年の周期の変化だけを残したCO2 濃度と、平均気温の図を示すのだ。図 2 がその図で、槌田さんが以前よくこの図を使って説明していて、しかも本当は説明できないのにヘンリーの法則でこの図を説明していて、それに引っかかっちゃった人がこんなにいっぱいいるよ、という記事(こちら)を書いたことがある。

もともと槌田氏はこの図を使って一生懸命 CO2 濃度増加自然原因説を唱えていたんだけど、気象学会はだめ出しを続けていて、槌田氏もことの経緯を彼なりに論文内で語っているけどその辺は私もこのあたりの記事(こちらこちら)で書いてみたことがあるから、お暇ならどうぞ。

さて、気象学会によるだめ出しの一つに Keeling の図は長期的傾向を取り除いていたというのがあったのだけど、それに対して近藤氏が長期的傾向を取り除かずに書いたと称しているのが図 4 に示されていて、気温の変化率と CO2 濃度の変化率が並べて書いてあるのである。だが、これは非常にややこしい図なのだ。

普通、ある図を書く際にはその裏に何らかの物理的洞察があって、どんな洞察があるかはたとえば文章の流れからわかったりするし、またその業界の標準に従っていれば論文の著者と読者の間に了解があることが多いのだけど、そうでない場合には詳細に説明することでわかってもらうしかないのである。

ところがこの図はそのどれでもなくて本当は詳細な説明がほしいところなんだけど、槌田氏はこの図を書いた理由として、

近藤は長期的傾向を除くことなくこの問題を検討する方法を考えた(近藤 2006, 2008)。



とさらっと書き、その後に

この第 4 図では、気温についても CO2 濃度についても、年変化率をそのまま比較しているから、大気中の CO2 濃度の長期的傾向を取り除くという恣意的操作は入っていない。


という補足がつけてあるだけなのである。

これはとっても嫌らしく感じるんだな。というのは、変化率をとるという行為で長期的傾向が取り除かれてしまう、すくなくとも弱められてしまうのは、図 1 と図 4 を比べればわかるのであって、どうやって長期的傾向が除かれるかは海の研究者さんのこの説明に詳しく書かれている。

で、よくよく読んでみて気付いたのだが、図 4 は、槌田氏、近藤氏と気象学会の過去の遺恨を述べるためだけに本文中で引用されているのであって、実は話の流れには関係ないのである。なんと!サイエンスの記事を期待している読者としては、なんのこっちゃ、と思うだけなのである。

さらに近藤氏は図 5 を書いたのであるが、そこでは気温と CO2 濃度の変化率を比較していて、これはなんとなく物理的な洞察がわかるのである。CO2 濃度の変化率とは、CO2 がどれだけ空気中に出てきたか、もしくは出て行ったか、を表しているからであって、この図があれば図 4 はいらないはずなのだ。一応図 4 から着想を得たとは書いてあるけどどうやって図 5 を思いついたかを読者が知りたいわけではないし本当に図 4 は何のためにあるのだろうと思うのである。

そして、図 6 には別な表現で気温と CO2 濃度の変化率の関係図が書いてあり、例外とせざるを得ない年はあるものの気温と CO2 増加率が関係しているのだな、ということがよくわかって、まあなかなかきれいな図を槌田さんは書いたものだと思うのだ。

この図から読み取れることは、CO2 濃度の変化率は温度が 1 度変わるごとに約 2.4 ppm 変化させるような部分と温度に関係なく毎年約 1.5 ppm 増加する部分とにわけられるのであるのだが、こういうことは文章で書くとよくわかりにくいのである。数式で書くと、CO2 増加率を y、温度の平均値からのずれを x として、y=2.39x+1.47 となるのだ。ここで、温度の平均値というのは 1971 年から 30 年間の平均気温。

槌田さんは、この結果から平均気温が y が 0 になる温度よりも実質的に 0.6 度高かったことがわかる、と言っているのである (y=0 にするためには、x = -1.47/2.39 ~ -0.6 であればよいということ。)。そして、

これにより、現実の大気中 CO2 濃度増は主に気温高による自然現象であると結論できる。


と断言するのであった。

槌田論文はだいたい以上の様な感じなのだ。CO2 の濃度増が自然現象である、ということがこれで証明されたのである。

しっかし、これじゃやっぱり査読通らないよな、と思うのである。読者の皆さんはどう思われるかわからないが…。

まあ、私が思うところを次の記事で説明するのだ。

さて、この記事を終える前に一つだけ言いたいことが残っているのである。

槌田論文にも普通の論文と同じように最後に参考文献が載っているのだが、どうでもいいけど参考文献にホームページを載せるのはやめようよと思うのだ。問題点はいろいろあって、たとえば槌田さんや近藤さんの都合もしくはプロバイダの都合でリンク切れになってしまうかも知れないし、そのほかに、記述が変わってしまう可能性があることで、電子的なデータだから、あとで改ざんとは言わないまでも変更してしまうことができるわけだ。槌田さんや近藤さんはそんなことしないかも知れないけれど他の人は変えてしまうかも知れないのであって、だから一般的にウェブを参考文献にするのは好ましくない。

印刷物だとそんな問題はなくて、出版社がつぶれても図書館にあったりするし版が変わることはあっても古い版のものが残っているし文献情報もしっかりしているから一旦書かれたことは改ざんできない。もちろん、冊子体のない電子ジャーナルや膨大な観測データなどどうしてもウェブ上の資料にしか文献情報を求められない場合は仕方ないのだが、でも自分のホームページ上にある自分が書いた記事を参考文献として示すのは投稿論文においてはやめた方がいいんじゃないかな、と思うのである。

次の記事はこちら
タグ 記事:槌田氏の裁判 はてなブックマーク - とほほ、提訴って (1) 槌田氏の書いた論文
2009.07.01 Wed l 懐疑論(研究者アホアホ系) l COM(0) TB(0) | top ▲

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