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IPCC の文書

前回の記事では、IPCC のなかで自然科学者が自分たちの意見をどうやって伝えればよいのか、悩んでいることを書いてみました。いえ、本当のところはどうかわからないんですけどね。

でも、全くの嘘でもないと思います。それは、web を見ていたら、"Guidance Notes for Lead Authors of the IPCC Fourth Assessment Report on Addressing Uncertainties" というタイトルの文書を発見したからです。

冒頭に、このような文書が書いてあります。

The following notes are intended to assist Lead Authors (LAs) of the Fourth Assessment Report (AR4) to deal with uncertainties consistently. They address approaches to developing expert judgments, evaluating uncertainties, and communicating uncertainty and confidence in findings that arise in the context of the assessment process. Where alternative approaches are used in the relevant literature, those should be used but where possible related to the approaches given here. Further background material and more detailed coverage of these issues are available in the guidance paper on uncertainties developed for the Third Assessment Report and the report of an IPCC Workshop on Uncertainty and Risk.

The working group reports will assess material from different disciplines and will cover a diversity of approaches to uncertainty, reflecting differences in the underlying literature. In particular, the nature of information, indicators and analyses used in the natural sciences is quite different from that used in the social sciences. WG I focuses on the former, WG III on the latter, and WG II covers both. The purpose of this guidance note is to define common approaches and language that can be used broadly across all three working groups. Each working group may need to supplement these notes with more specific guidance on particular issues consistent with the common approach given here.


訳は見つかりませんでした。僕の英語力では翻訳などとうてい無理なので、似たようなことを日本語で書いてみたいと思います。

タイトル: IPCC 第 4 次報告書をかくおまえらのための、"あやふやさ"の扱い方についてのノート

おまえらが"あやふやさ"をちゃんと扱えるように方針を書いておいた。これに従っておけば、とんまな専門家がグダグダと意味のわからんことを言ったり、"あやふやさ"の扱いについてけんかになったりしないはずだからな。どーせおまえらが持ってきた文献は、わけわからん表現を使って書かれていると思うけど、報告書にまとめる際にはこの方針にあわせるように。

お前らが調べるのは、WG 1 の奴らは自然科学の、WG 3 の奴らは社会科学の、WG2 では両方の文献になる。でも、自然科学の奴らと社会科学の奴ら、正直、お互いにコミュニケーションとれてないだろ。だから、お前らの話す言葉を決めてやる。もし、おまえらが仲間内だけで話すときに、この文書に書かれたのよりもびみょーな表現が必要なら、しかたない、使ってもかまわねぇ。だけど、そのときも、この文書と矛盾がないようにしとけよ。絶対だぞ!



この文章から分かることは、自然科学者の、不確かなことを取り扱う"文化"と、社会科学者のそれとはかなり違いがある、ということです。

でも、IPCC は、全く違う文化を背負った複数の集団に議論をさせて、何らかの結論を出さねばなりません。だから、お互いが理解できるような、共通の言語が必要。

いえ、共通の言語としては英語が使われているので、相手の言っていることの意味が分からない、というようなことはありません。ただ、自然科学者と社会科学者では、おなじ英語で話していても違った解釈になってしまう可能性、解釈が違わないまでも、ニュアンスが伝わらなくて、言いたいことが相手に分かってもらえない可能性がある、ということでしょう。

この文章には「可能性」(likelyhood)について書かれた項目があり(14 番目の項目です)、前の記事に出てきた表が出てきます。可能性に関する表現を、パーセンテージに結びつけている。

なぜパーセンテージと結びつけたのか?もちろん、実際にパーセントで可能性を表せる場合はあるでしょう。パーセントで表せない場合も、数字、というのが、よりコミュニケーションを取るために適切だったからでしょう。共通の認識がわきやすい数字に、英語の表現をくくりつける。

温暖化が人為起源である、ということが very likely ? ああ、90 % から 99 % か。確信があるんだね!

自然科学者と社会科学者が、これでかなり近いイメージを抱けるようになりました。

ただし、数字にはあまり意味がない。very likely はあくまで very likely なのです。数字は雰囲気だけだと思った方がいい。実際に、前の記事に掲載した不確かさの表をを説明している文章には、

The categories defined in this table should be considered as having ‘fuzzy’ boundaries.



って書いてありました。まあ、言っていることはこんな感じ?

このテーブルに記載されている"あやふやさ"の、なんとか % からなんとか % っていう範囲はあまり意味無いからな!それでけんかとかすんなよ!



つまり、very likely が 90% から 99 % と書いてあるのですが、だからと言って、88 % を very likely に含ませてはいけない、というわけではないのです。

何わけわかんないことを言っているんだ、IPCC はあほか、とか思ってはいけません。数字はあくまで目安。修飾語をわかりやすくするための方便でしかないのです。

まとめ

IPCC が不確定性を扱う際の「言葉遣い」について、見てきました。very likely に 90-99 % とか数字がついているわけですが、これは、いわば方便で、数字自体に強い意味は無い、と私は認識しています(もちろん実際に確率が計算できる場合は別です)。90-99 % というのは、very likely という言葉に込められた意志、とか、気合い、とか、そのようなものを、他の言葉、たとえば vertualy certain とか、likely とかに込められた意志と比較するために、与えられたものなのです。

なぜこのような手法が必要となったのか。それは、社会全体に影響を与えるような政策決定の場で、自然科学者なんていう特殊な人たちから意見を聞かなければならなくなったからでしょう。

同じ英語で話していても、ちゃんとコミュニケーションがとれない可能性がある。数字という、より強力な共通語を持ち込むことによって、自然科学者たちの言っていることがわかりやすくなりました。

これまでに、自然科学者が、形で社会、経済、そして、政治に関わったことがあるでしょうか?まあ、全くないとは思いませんが、IPCC のように、科学者たちが今まさに研究している最中のことを、国際的な政策に反映しようとして、ここまで大規模な活動を行っているのは、史上、例のないことだと思います。

おもえば、IPCC とは一つの実験なのかもしれません。地球温暖化が、CO2 をじゃんじゃん排出したら地球がどのように変化するかを調べる地球物理学的な実験であるのと同様、いろんなバックグラウンドの科学者や政府関係者を混ぜ合わせたときに、どうやったら満足なコミュニケーションをとれるか、という、壮大な実験。

この先、どのように展開していくのか分かりませんが、IPCC の活動は、現在進行形の科学を、政策立案の土台にしようとした試み、社会に、それも国際社会に反映させようとした大がかりな試みとして、科学史上に残るものではないでしょうか。成功するにせよ、失敗するにせよ、ね。

IPCC で検討された言葉遣いも、自然科学者と社会科学者、政策決定者との間の橋渡しをする試みとして、今後、参考にされていくのだと思います。たぶん、まだまだ良くなる余地はありそう。

この記事では、IPCC 内部でのコミュニケーションの問題を取り上げましたが、IPCC の考えを社会に伝える際の言葉遣いも重要。思えば、この一連の記事(一つ目二つ目三つ目とこの記事)は池田信夫さんが塩谷喜雄さんの使った「断言」という単語にかみついたところから書き始めました。

人為起源温室効果ガスによって地球温暖化が起きている、ということについて、IPCC は決して断言していないのだけど、事実上は断言と言えるレポートをだしていて、参加した科学者の一部も断言しており、しかしながら、IPCC に「断言しましたか」と公式見解を聞くとたぶん「断言していない」という答えが返ってくると思うけど、それでも一般の人にとっては、IPCC が断言した、ととらえるのが実はもっとも正確な状況把握になる、という状況は、とにかくとてもややこしいところ。

こんな混乱したことが起きるのは、人間が日常使っている言葉が持つ、本質的な欠陥なのかもしれません。英語にせよ、日本語にせよ、自然言語はこの点に関して、十分な機能を持っていないみたい。

なにか、この状況を一般の人に説明する良い方法は無いのでしょうか。意外にすでに存在する気もしますが、まあ、今のところ見あたらない。

IPCC の次回のレポートは、何年後に出るのでしょうか?もしかしたら、そのときまでにIPCC の言葉遣いも改善されているかもしれませんね。温暖化問題とはべつに、私はこちらにも注目して見たいと思います。

タグ 記事:IPCCと断言
タグ 記事:IPCCと断言 はてなブックマーク - 数字は共通語
2009.05.12 Tue l 温暖化懐疑論概論 l COM(0) TB(0) | top ▲

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