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この記事は、3 回続きの記事の 3 番目ですが、できるだけ独立して読めるように書きました。「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」そのものを読まれたことのある方は、この記事だけでだいたい意味が通ると思います。

興味を持っていただいた方は、第 1 回をお読みください。また、余裕がありましたら第 2 回も読んでいただければとおもいます。ただ、両方とも長いです。

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以前、私、onkimo は「アホアホ論と陰謀論」という記事を書きました。こちらの記事では、温暖化懐疑論を二つに分けてございます。

アホアホ論は、温暖化議論の地球科学の部分に問題がある、科学者がまちがっている、とするものでございました。矛盾する観測や、理論の矛盾点を突いて、地球温暖化を否定しようとするもの。

アホアホ論は、中学校や高校の教科で申しあげれば、理科に分類されるものでございます。
一方、陰謀論はこうでございます。現在地球温暖化が騒がれているのは、それによって政治、経済的なメリットがある集団が裏で糸を引いている、として、その集団の目的を語り、その土台として、アホアホ論を援用して、地球温暖化論が悪い科学者達の捏造である、と主張する。

陰謀論は、教科で申しあげれば社会に分類すべきでしょうか。

「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」は、著者の武田邦彦さんが理系研究者であることですし、当初、私は「アホアホ論」系の議論だろうと考えていました。しかしながら、違った。本をお持ちの方はよく読んでみてください。わかりにくいですが、武田さんは、地球が温暖化することを否定していない。理科の範疇でいろいろなことを述べていらっしゃる割には、かならずしも科学者を非難していらっしゃいません。

# まあ、これは温暖化のことを扱った第 3 章についてのみで、その他の部分については少々事情が違うようです。このブログが温暖化をあつかっているので、そのへんは御勘弁頂きたく存じます。

それでは、陰謀論か。マスコミや環境省が捏造している、と読める記述がそこかしこに出て参りましたし、排出権取り引きを述べたところでは、海外に大量のお金が流れそうなことを批判していらっしゃいますので、社会を扱っていると読めなくもなさそうでございます。

それでも、陰謀論的な要素が含まれているのは確かですが、決してそれがメインではございません。

理科の本でもない。社会の本でもない。それでは一体なんの本なのか。このブログを書くためにあらためて読んで気づかされました。実は、これ、道徳の本なのでございます。

この本には、おわりに、という節が第 5 章に設けられており、そこでは、環境問題で利益を得ている人達を糾弾した理由が書いてございます。要約すると、

今の環境問題はウソをついて利益を得たい人が成功する社会を作ることに役立っている。かつての日本は誠実が第一であった。環境問題の議論をやめ、心豊かで平和な社会をつくろう。

といったところでしょうか。

これが武田さんが最も書きたかったことなのででございます。

誠実が第一の、心豊かで平和な社会をつくろう、という言葉。これはだれにも否定できないことでございましょう。武田さんはこれが言いたかった。本の残りは、心豊かな社会をつくるために邪魔になる環境問題を非難し、それを利用している不誠実な人間を告発することにあてられているのでございます。

そして、告発する相手は、おもにマスコミや官僚。武田さんは、この二者がいかに不誠実不道徳かを、本全体で描写していらっしゃいます。

この点が、この本を批判することを難しくさせています。特に、武田さんの本に感動してしまった人達に、批判が届くことを阻んでおります。

なぜなら、武田さんの本の支持者は、実のところ科学的な事実はどうでもよいのでございます。なにせ、道徳に共感しているのですから。

さらに、もし、きちんと科学的な誤りが指摘されていたとしても、そこは巧妙な武田さんの本、かならずなんらかの反論、批判の側からは言い逃れにしか見えなくても、支持者にとっては十分説得力のある反論をひねり出すことが出来るのでございます。

ウェブなどでみられるこの本の、そして武田さんに対する批判の多くは、彼の事実誤認に対してのもの。これは、私のような人間にとってはとてもありがたいですし、ぜひ続けるべきです。しかしながら、支持者に対してはどうでしょうか?わたしには、あまり効果を上げているようには思えないのです。

それでは、科学的な間違いを指摘するのではなく、道徳的な面を指摘するのはどうでしょうか?

たとえば、先の私の記事での北極の氷に関する批判。記事において、武田さんが北極の氷がとけても海面が上昇しない、と主張していることについて、グリーンランドの氷を忘れてはならない、という批判を試みました。しかし、私はあまりにも内省的になりすぎ、有効な批判を書くことに失敗してしまいました。

しかしながら、グリーンランドの氷が溶ければ海面が上昇する、という点をもっともっと強調して、北極の海氷が溶けても海面が上昇しない、とだけ言い切って、グリーンランドにはふれない武田さんの不誠実を非難することは、文章を書くだけなら可能でございます。

でも、それでは、非難する私の側も、武田さんの支持者から不誠実とそしられることを免れないことでしょう。

先の記事でも書きましたが、武田さんが批判しているのはマスコミと官僚。彼らの言葉を聞いた人のうちの多くが、北極の海氷が溶ければ海面が上昇する、と思っているのは、この本がここまで売れていることからも、ある程度事実なのだと思います。そして、武田さんはその誤解を正したまでのこと。誤解を正すことは重要ですし、そうすると、私の批判も所詮は揚げ足取り。本質ではないところを針小棒大に批判しているとの謗りを受けることでしょう。

そのうえ、グリーンランドの氷は、今後 100 年程度の海面上昇には大きな寄与しない、と IPCC が (不確実性があるとしながらも) 述べている。この点に触れると、前記事のように文章がグダグダになってしまい、武田さん批判の説得力は弱くなってしまうことでしょう。しかし、その点に触れなければ、それはそれで、やはり、都合の悪いことを隠す不誠実さを責められてもおかしくありません。

道徳的な点への批判は、強力な武器。それを用いることによって、切れ味のするどい文章を書くことができ、強烈に相手を攻撃することができます。でも、それを使いこなすのはとても難しい。上に述べた私の例では、グリーンランドの氷に触れない不道徳性を非難するためには、いくつかの点について、あえて考慮しない、もしくは触れない必要がありました。それらの点を無視しないと説得力が削がれる。無視すると、それは不誠実。

いじょうのようなことに思いをめぐらしながら、私は、映画、スターウォーズで、ジェダイが用いる力、フォースを思いだしておりました。

フォースは強力です。しかしながら、怒りや憎しみによって、使い手がフォースのダークサイド(暗黒面)に落ちこみ、悪の側に立ってしまうのは容易なこと。スターウォーズのエピソード1 から 3 では、良き心を持つ、類いまれなるフォースの遣い手、アナキン・スカイウォーカーが、弱き心に付け込まれ、憎しみと怒りを煽られ、最後にはダークサイドにひきずりこまれてダース・ベイダーという巨悪に生れ変っていく過程が描かれています。

これと同じことが、武田さんに対する道徳的な批判でも起きそうでございます。

ウェブ上で見る武田さんへの道徳的な批判は、科学的な真実を選り好みした不誠実さに向けられています。でも、その不誠実を指摘した側のほうにも、まったく同じような選り好みがあったとしたら…。マチガイとホントがきれいにまざっている、まるで極上の霜降り肉のような武田さんの文章を前にすると、彼を批判するのに、マチガイだけを切りとることは、実はたいへん難しゅうございます。

これまでに、武田さんへの批判を読んだことがある方、よろしければ考えてみて頂きたく存じます。批判を読んだ時、武田さんに対しての、怒り、憎しみ、軽蔑、嘲笑などの感情が、文章から感じられませんでしたか?これらの感情を忍ばせた武田さんの批判を読まれて、どのように思われましたでしょうか?ダークサイドの雰囲気を感じませんでしたか?

怒りや憎しみは、えてして批判をする人の目をくらませるようでございます。武田さんへの非難に集中するあまり、自らの書いていることの中にも、批判対象と同様の、科学的事実に対する選り好みがあることに気付くことができなくなってしまうのです。

私はウェブ上で、このような、言ってみればダース・ベイダーになりかけのアナキン・スカイウォーカーさんたちを何人かおみかけまいたしましたし、また、そのような記事も拝見しました。たとえば、現時点'(2008年9月28日) での Wikipedia の「武田邦彦」の記事がそのようでございます。アナキンさんたちの論点は良いところを突いており、批判はするどいのですが、どうもフォースの暗黒面のにおいがただよっています。

私は、ウェブ上のアナキンさんたちが、暗黒面に堕ちないことを願っております。それが杞憂であればうれしいのですが…。

さて、武田さんは、マチガイとホントがいりまじったベストセラーを書かれる困った方ですが、私にはそんなに悪い人にはおもえないのでございます。

この本が道徳の本だと言いましたが、その語られている道徳自体は、「ウソをつかずに豊かな社会を作ろう」といったもの。非常に普遍的で、小学校の朝礼で校長先生がおはなしされる内容としても十分通用することでしょう。武田さんの道徳感は、素朴で、決して悪いものではなさそうでございます。

また、マスコミや官僚に対する怒り。彼らの存在理由、立場などを考えると考慮すべき余地もあるとはいえ、やはりマスコミなどを経由して世間に流れる科学知識のひどさには、目に余るものも少くありません。そのような状況を憂い、告発する、ということ自体は非難されることだとは思えないのでございますし、武田さんが御本で取りあげられた論点の中にも、正当なものは少なからず存在するのでございます。私には武田さんのお志(こころざし)だけは、そんなに悪いものではないと思うのでございます。

ただ、そうは申しましても、彼のご著書はマチガイとホントが巧妙にまざったもの。その高きお志にもかかわらず、武田さんは、一般読者に環境問題へのおおきな誤解をもたらす、強力で奇怪な存在になってしまったのでございます。

そうです。武田さんこそ、堕ちたアナキン、つまり、ダース・ベイダーだったのでございます。

切れ味するどい文章力、難解な科学の話をわかりやすく噛み砕く力、マスコミに出てくる凡百の批評家には無い高度な理系の知識といった、類まれなるフォースを、武田さんは持っていらっしゃいました。その武田さんが、マスコミや官僚を経由して世間に流布しているあやしい言説に対して懸念を抱き、本を書いた。この時点では、武田さんは正義のアナキンだったのでございます。

ご著書は読みやすく、ライトセーバーのごとく切れ味するどい批評は、一般読者の心を捉えた。なにより、武田さんの抱く怒りが読者のそれとシンクロし、本は売れた。金になる本を見つけた、悪の一味、マスコミの一部を構成する出版産業は、武田さんにもっと本を書くようにうながしたにちがいありません。そして、もっと怒れ、もっと憎しめ、と武田さんをあおった。武田さんの方は、こちらは彼の素朴な正義感から、もっと怒り、もっと憎しんだのでございましょう。当人としては、決してマスコミにそそのかされたわけではございますまい。自分の思いをこめて存分に筆をふるわれた。

そうして書かれたのがこの本、「環境問題は~」であり、近年出版されている一連のご著書なのです。そして、これらの本は売れに売れています。武田さんはなんと強い力をもたれたことか。しかしながら、内容は、武田さんの志に反して、次第に科学的事実を軽んじはじめ、マチガイとホントが混在するようになり、誠実さを失なってきた。最初に非難しようとしていた対象に似通っていった。武田さんは悪のマスコミによって暗黒面へと転落させられ、ダース・ベイダーに育てあげられてしまったのです。

なんと恐しい、そして、悲しい話でございましょう。

あらあら、私、武田さんをダース・ベイダーに例えてしまいました。もしかすると、私は武田さんを道徳的に非難しようとしているのではないでしょうか。武田さんのことを述べようとする時に、怒り、憎しみ、嘲笑などが含まれているような気がしてきました。

私もまた、暗黒面に堕ちようとしているのかもしれません。ああ、そうこうしているうちに、武田さんのお写真がダース・ベイダーに見えて参りました。いけません、これは、フォースの暗黒面に堕ちていることの証左に相違ございません。

もはや私は正義の側には戻れないかもしれません。悪の側に行ってしまいそうな私がみなさまに言えることは、ただ一つ。

May the Force be with you!
(フォースと共にあらんことを!)


タグ 記事:環境問題はなぜウソがまかり通るのか はてなブックマーク - ダース・ベイダー --- 「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」を読んで (3/3)
2008.09.28 Sun l 読書感想文 l COM(0) TB(0) | top ▲

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