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rdaneelolivaw さんにはてブのコメントを頂きました。

そういうふうに見えるのかと、視点が面白かった。反原発の活動を長らくやっている人たちは、かなり悲壮な気持ちで活動をやっており、この前の泊や今のもんじゅに関してもかなり危機感だったと個人的には思うけど。



そういうふうに見えています。指摘された、長らくやっている方々の悲壮感、危機感こそ、私が欲していて、しかし出会えなかったものでした。多分、おっしゃるとおりなのでしょう。私がたどりつけなかったところには存在するのでしょう。
私が見ていた反原発の言論の風景は、そのようなこころもちが感じられない言論ばかりです。

たとえば、「環境問題を考える」というサイト。こちらは反原発運動家かつ温暖化懐疑論者である、物理学者の槌田敦さん、その槌田さんを応援する、近藤邦明さんが運営されています。

槌田さん、そしてその支持者の方々は昔からずっと反原発をされてこられた方々です。昔も今も変わらず痛烈に政府や東電、そして温暖化予測や対策の活動、再生可能エネルギーを批判されておられます。

温暖化懐疑論者ということでは、反原発でも最近有名になられた武田邦彦さんのサイトがこちら。原発に関するさまざまな (私にはちょっと信じられない) 情報と、政府や NHK を中心とするマスコミ、はたまた、牛乳生産者、生協、福島県の農家などへの批判が山盛りです。

いえ、武田さんは自分を悔いる発言をなさっていないわけではありません。こちらでは、次のように過去と決別していらっしゃいます。

「反原発派に取り込まれたのか!」

かつて原子力を共にやってきた仲間からがメールきた。

さらば! 原子力

原子力村に帰ることは、もう許されない。

それで良い。



かっこよすぎて、悲壮感がつたわってこない。その他のブログ記事も、かっこよいだけです。

温暖化懐疑論を唱える人ということで言えば、広瀬隆さんの刑事告発も強く印象に残りました。こちら、『「安全デマ」を流す御用学者、原発関係者を東京地検に一斉告発 』 です。ペンで勝負をする人が、法に訴えると言うことに唖然としました。また、槌田さんが温暖化問題で訴訟を起こしていたことを思い出し、暗然たる気持ちをいだきました。

今回の一連の騒動で、いちばんおどろいたのは、こちらの原発業界御用学者リストです。「御用学者」に加え、「エア御用」という斬新な単語が開発され、多くの研究者がカテゴライズされていきました。

正直、これはかなりの衝撃でした。特に、必ずしも原発推進を唱えていない、それどころか、批判的な目を向けているように私には見える人達も、「御用」「エア御用」に分類されているのは…。このサイト、このリストは、今の反原発の苛烈さを示していると思います。

これが、私に見えた反原発言論の風景です。

痛烈な批判がたくさんみつかります。しっとりとした感情が伝わってこない、からりとした批判です。

福島でも数万人が避難を余儀なくされ、その何倍もの人が不安の中に暮しているのを目の当たりにしている状況で、反原発の人たちが発する、翳りの無い原発批判。

正直、このような批判ばかりを読んでいると、違和感を覚えるのです。反原発運動の行く末に疑問を覚えるのです。

後悔、挫折のような感情が垣間見えれば、私の違和感は払拭出来るような気がするのですが。

いえ、反原発の全員が後悔や挫折を感じる必要があるとは思いません。そんなことは不可能です。このような感情は、長年にわたって一生懸命に取り組んできた人たちだけが持つことのできる、いわば特権のようなもの。

ただ、全員には期待できなくても、悲壮感、危機感がどこかに存在していてほしい。それを読みたい。

もちろん、私が痛烈な批判ばかりを見てまわっているということはあるでしょう。温暖化懐疑論を中心にウェブを見ていると、どうしてもこのような反原発記事にばかり出会うのです。

私の人間性も関係しているかもしれません。類は共を呼ぶ、ではないですが、このような反原発ばかり眺めてしまうのは、たぶん、私に共通点があるから。そもそも温暖化懐疑論をウォッチしているのも同じなんですよね。状況がちょっと違っていたなら、私が温暖化懐疑論を、それもかなりあほなレベルの温暖化懐疑論を唱えるなんてことは、とてもありそうなことです。同様に、場合によっては私だって「御用学者批判」みたいなことを叫んでいてもおかしくない。

さて、このシリーズでは、私の見た反原発の風景にたいしての私の抱いた感想を書いていきます。思ったことを正直に書いていくつもりです。

疑問や違和感を軸にしているので、けちをつけていると取られかねないことが含まれるでしょう。上から目線だと思われそうなことも書くでしょう。批判はあまんじて受けたいと思います。

なんだかまとまりませんが、最後に。

私が読みたい反原発の文章は、先の記事に書いたように、現状を自分たちの問題としてとらえ、当事者として今の状況に無念を感じている、そんなことが滲みでた文章です。でも、そもそもそういった事例は文章化されにくいものだということは認識しています。挫折や後悔なんて、人に見せたいものではないですから。

でも、読んでみたい。原発について考える参考にしたい。反原発を、より立体的な議論として見てみたい。

強烈な感情がほとばしる批判だけでは、反原発に共感しにくいのです。わたしにとっては。

いえ、私の読みたい文章は探せばすでにあるのだと思います。見付けたら、ぜひ読んでみたい。そして、反原発についてもっと深く考えてみたいと思います。
タグ 記事:反原発と温暖化論と はてなブックマーク - 反原発と温暖化論 (番外) 私に見える反原発の風景
2011.09.03 Sat l 未分類 l COM(4) TB(0) | top ▲

コメント

遅まきながら記事ありがとうございます
私のブックマークでのちょっとしたコメントに、丁寧に記事で解説を頂きましてありがとうございます。ちょっと前に読ませて頂いたのですが、バタバタとしていたらお礼を書きそびれてしまいました。
挙げていただいてた記事をいくつかざっと拝見したら、なんとなく、おっしゃっている懸念は分かって来ました。
冒頭で述べておられる、温暖化懐疑論的反原発論者の方々には、私も憂慮しております。ましてや、武田さんの最近のさんまさんのテレビでのご活躍ぶりをちらっと見たりして、かなり複雑な思いです。
「ただ、全員には期待できなくても、悲壮感、危機感がどこかに存在していてほしい。それを読みたい。」
という部分を読んで、そういう雰囲気出ている文章無かったかしらと思って、心当たりを探してみましたが、あんましないですね・・・。
首都圏にいる脱原発系の団体は、「福島原発事故緊急会議」や「eシフト」などのグループの中で最近は活動を展開していることが多いと思いますが、ウェブサイトを見ても、そうした活動家や提言者としての心情の吐露のようなものが読めるところはなかなか見当たらない。
私自身は、「反原発」をやってきた人間というよりは、温暖化から入ってきて、エネルギーに半分足を突っ込んでいる人間なので、きちんと探せてないのかもしれませんが。
でも、言い訳かもしれませんが、普段、私が仕事でお会いする反原発の人たちは、決して、時流の中で批判だけ展開しているわけではないです。
彼らは、こんな話になる前から、勝ち目のない戦いを、日本最大といってもいい権力のトライアングル相手に、ずーっと続けて来ており、「変えることができない」気持ちの焦りを募らせていた。そこへ、今回のようなことがついに起きてしまい、しかも、今回のようなことが起きても、それでも尚、現状維持が続きそうなことことを良く知っている。それは、原発を支えてきた構造を誰よりも深く知っているから。余計に悲壮な気持ちを持ってやっています。
そうしたところは、確かになかなか表に出ていないのだけれど、それはよくないのかもしれませんね。私自身がやっている分野でも同様のことが言えるので、課題を頂いた気がします。
2011.09.10 Sat l rdaneelolivaw -. URL l 編集
Re: 遅まきながら記事ありがとうございます
rdaneelolivaw 様

こちらこそ、丁寧なコメントをいただいて感謝しています。

> 彼らは、こんな話になる前から、勝ち目のない戦いを、日本最大といってもいい権力のトライアングル相手に、ずーっと続けて来ており、「変えることができない」気持ちの焦りを募らせていた。そこへ、今回のようなことがついに起きてしまい、しかも、今回のようなことが起きても、それでも尚、現状維持が続きそうなことことを良く知っている。それは、原発を支えてきた構造を誰よりも深く知っているから。余計に悲壮な気持ちを持ってやっています。

この部分、私が一番気になっていたところでした。

「現状維持が続きそう」、私にもそう見えるのです。それなのに、私がウェブで見かけた反原発の人たちからは悲壮感が全く感じられない。

rdaneelolivaw さんにコメントを頂いて、本当の反原発活動を続けてきた人たちの悲壮感が、多くの人に知られればいいのに、と思いました。

もちろん、言うは易し、だとは思います。悲壮感なんてまともな人であればそもそも吐露したいものでもないでしょうし、多くの人に伝わるように表現するのはさらに難しいでしょうから。

ただ、今の反原発・脱原発運動には、「放射能怖い」意外の何かが必要だろうと思っています。その「何か」の一つが、物語なのだと思います。たとえそれが挫折や失敗の物語であったとしても。

これまで接した中で、私が読みたいタイプの物語に近かったのが、佐藤栄佐久前福島県知事の書かれた新書でした。県、という地方自治体が、原子力村や東電、経産省、中央のマスコミ対峙し、身内である福島県民の中の原発推進派と向き合った経緯が書いてありました。

反原発活動をされてきた方は、政治家である佐藤前知事とは違う、より重厚な物語を抱えておられると思います。それが発掘されて、人々に読まれるようになればいいなと思うのですが。

他にも思うことはあるのですが、まとまりませんでした。今後も本文で書いていきますので、よろしければ読んで下さい。また、いろいろ教えて頂けると幸いです。
2011.09.12 Mon l onkimo -. URL l 編集
一応最新記事のほうに。
以前の記事で伊藤氏は懐疑派にあまり知られていないとの記述がありましたが、最近はtwitterで存在感を増しているのではないでしょうか。前から見てるわけではないですか、結局反原発が根底にあってそれに都合のいい議論を収集してるのかなと思いました:

@Itoh_Kiminori: 朝生で奈良林氏が、古典的な「CO2を出さない原発は温暖化防止に貢献」を強調の由。やはり、CO2は日本の原発の最後の砦。CO2が気候変動と無関係と判明すれば、原発の存在意義は消滅へ。もう少しだ。
2012.01.02 Mon l 草食系温暖化論者 -. URL l 編集
Re: タイトルなし
コメント、ありがとうございます。

確かに伊藤さん、twitter で活躍なさっているようですね。
反原発が根底にあるとのご指摘、興味深いです。
槌田さんと同じ動機なのかな。

ウェブ上の影響力は計りかねるところがありますので
'列伝'ではあのように書きましたが、本当はもっと
懐疑論者の皆さんから重視されているのかもしれませんね。

個人的には、更なる活躍を期待しています、って、いま
忙しすぎて懐疑論うぉっちんぐに時間をとれないのが
悲しいのですが…。

> 一応最新記事のほうに。
> 以前の記事で伊藤氏は懐疑派にあまり知られていないとの記述がありましたが、最近はtwitterで存在感を増しているのではないでしょうか。前から見てるわけではないですか、結局反原発が根底にあってそれに都合のいい議論を収集してるのかなと思いました:
>
> @Itoh_Kiminori: 朝生で奈良林氏が、古典的な「CO2を出さない原発は温暖化防止に貢献」を強調の由。やはり、CO2は日本の原発の最後の砦。CO2が気候変動と無関係と判明すれば、原発の存在意義は消滅へ。もう少しだ。
2012.01.10 Tue l onkimo -. URL l 編集

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