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「でもね、天気予報と落ちるチーズは違うよね。」

ミドリが言う。

「その通り」

チーズを齧りながら僕は答える。

チーズとの違いは、流体を扱っていることだ。流体とは何か?字面の通り流れるものが流体だ。

流体の運動を扱うのが流体力学だ。何が違うかといえば、チーズはチーズ全体が同じ方向に動くけど、流体である牛乳は、牛乳の各部分部分が違う方向に動くことができる。人一人の動きと、渋谷ハチ公口前の交差点の人の流れの違いだ。

ニュートンがチーズの運動を説明できる力学を作る。でも牛乳を扱うことはできない。太陽系の惑星の動きはわかっても、テーブル上のコップで波打つ牛乳についてはお手上げだった。ニュートン以来百年、数学者、物理学者は、コップにそそがれる牛乳を見つめながら首をひねりつづけた。

流体力学を完成へと導いたのは、十八世紀の数学、物理学界の二大ヒーロー、オイラーとラグランジュだ。特にオイラー。父親が牧師への道を勧める中、数学者になる決意をした彼は、歴史上最も多くの法則、公式、定数、定理を残し、彼の死後 200 年も経つというのに、物理を学ぶ大学生たちは、履修科目ごとにいれかわりたちかわり現れるオイラーの影に、試験のたびに悩むことになる。

でも、流体力学も力学だ。ニュートンの思索の系図に連なっている。流れる牛乳も、ニュートンの導いた力学の第二法則に従う。

「どういうこと?」

コップに半分残った牛乳の揺れる水面を見つめながら、ミドリは聞く。

流体力学の特徴は、各部分がてんでばらばらに動くものが扱えることだ。でも、どれだけはげしくぐしゃぐしゃに流れている流体でも、ほんの小さなかたまりを取ると、かなりそろった動きをしている。

かたまりをどんどん、どんどん小さくしていくと、ついにはそのかたまりのなかの物質が同じ方向に動いていると考えてもかまわないような大きさになる。

「どれくらい小さくすればいいの?」

「うーん、特にこの大きさ、というわけではないんだ。大事なのはそれよりも、小さくすればするほど、その塊の中の速度のばらつきがなくなっていくことなんだ。」

「でも、あんまり小さくしたら分子の大きさになってしまわない?」

「…。それは、とても良い質問だね。」

流体力学というのは、本当はこの世に存在しないものに対する力学だ。水はどれだけ小さなかたまりでも水であり、空気はどれだけ小さなかたまりでも空気だという前提のもとに作られている。

仕方ないだろう。オイラー達の時代、水や空気が分子という小さな粒から出来ているなんて想像できただろうか?

そして、それはニュートンの遺産を使うためにも大切な性質だった。流体力学は、微分、積分という数学の道具を使って組み立てられた。そこには、水や空気はどんなに顕微鏡で拡大しても水や空気であるという仮定がある。

18 世紀から 20 世紀初頭にかけて、この世の全てのものは粒々から出来ていることがわかってきた。でも、流体力学はなくならなかった。それどころか、大きく進歩した。

なにより、流体力学は役に立った。人間は、ダムに貯めた水を流して発電した。スクリューで船を進めた。プロペラで進んでた飛行機は、その翼を設計する必要があったし、もちろんプロペラを設計する必要も、のちにはジェットエンジンを設計する必要もあった。ボイラーで作った蒸気を集めて力に変えるタービンを作った。そのボイラーも、熱源が原子力になったりして、原子炉の中で冷却水が動く様子を理解する必要が生じた。技術者たちには流体力学が必要だった。流体力学のおかげで、人間の行動範囲は広がり、生活が豊かになった。人の上に爆弾が降ったり、放射能がばらまかれたりもしたけど。

僕達は流体の中で生きている。夏の空には雲がわき、冬は大陸からの風が水蒸気を運んで雪を降らせる。川や海の流れから豊な恵みをさずかる。そして、嵐や津波、洪水。地球はマントルも地殻も固体だけど、人間の寿命よりもはるかに長い時間では、マントルはお碗の中の味噌汁のように、湧き上がり、沈んでいる。

地球を飛びだすと、大きな天体、木星や土星、太陽、ベテルギウスやシリウスはすべては気体でできている。今の宇宙空間には星間ガスがあるし、宇宙がビッグバンで生まれたころは高温で密度の高い、わけのわからない流体で宇宙は満ちあふれていた。つまり、宇宙はほとんどが流体だ。

だから、科学者達も流体力学を便利に使った。

「じゃあ、なんでも流体力学で OK っていうことなの?本当はつぶつぶでできているのに、ずるずるべったりの流体としてあつかって大丈夫だというわけ?」

「なんでも、っていうわけじゃない。だめな場合もたくさんある。
身近なものではハードディスクだね。ハードディスクを読みとる磁気ヘッドは、ディスクすれすれの場所で浮きあがっている。ジェット機が 1mm の高さで超音速で飛んでいるようなものだとたとえられているけど、それぐらいすれすれの、小さなすきましかディスクとヘッドの間にはないんだ。聞くところによると、ディスクのヘッドを設計する際は、流体力学を使うことができない。分子の集団として考えるらしいよ。」

何如に正しそうでも、ヘッドの設計ができないのなら、流体力学の出る幕ではない。役に立たないなら使う必要はない。

でも、多くの場合は流れるものとして考える流体力学が役に立つ。本当は分子というつぶつぶの集りなのに。

便利なものは使われ続け、どんどん進化して行く。多くの科学者と技術者が流体力学を必要とした。足りない理論があれば、新たに生みだされた。人間の計算能力が足りなければ、コンピュータがあてがわれた。科学技術の 20 世紀に、流体力学は大きな変貌を遂げ、自然を理解するための、技術を高度にするための、より強力な道具となった。

二十世紀に入って統計力学があらわれて、分子の集合を流体力学で扱ってもよさそうだということになったけど、もしそうならなかったとしても、流体力学は使われつづけただろう。便利だから。これ無しには、人間社会がなりたたないから。

役に立つからなによ、とでも言いたげなミドリをとりあえずだまらせて、僕は流体力学の運動方程式の説明を始めた。

同じ方向に動いていると考えて良い、小さな小さな流体のかたまりを考える。すると、このかたまりは、運動の第二法則に従う。つまり、かたまりにかかる力は、かたまりの質量とその加速度に等しい。

チーズがおっこちる場合、力としては重力だけ考えたけど、流体の場合はもっと複雑だ。

まずは重力。これはチーズと同じ。チーズが重力に引かれておっこちるように、流体もほかに力がはたらかなければ、重力に引かれて等加速度運動をする。

でも、コップの中の牛乳はどこまでも落下していったりしない。コップの底にへばりついたりもしない。

チーズと牛乳との違いは、牛乳の中のかたまりがとなりのかたまりとくっつきあっていること。満員電車に乗る人みたいに。牛乳の中の小さなかたまりは、べつなかたまりとおしあいへしあいしている。この、おしあいへしあいでかかる力が「圧力」だ。

コップ中の牛乳の小さなかたまりは、まわりから圧力をうけている。横からも、上からも、もちろん下からも。下からうける力は、上からうける力より、ちょうど重力の分だけ大きい。だから、流体は加速度運動をしない。

次の力は粘性力だ。流体のかたまりが周りと違った動きをしようとすると、それを妨げるような力を受ける。人込みにさからって歩く人が押し流されるように。この性質は粘性と呼ばれている。「粘」、つまり、ねばねば、べたべたする性質だ。水飴や蜂蜜がねばっとしているから「粘性」があるというのはわかりやすい。一方で、牛乳だって水だって空気だって、大なり小なりねばっとした効果がある。

あともう一つ、海や大気の流れを考える場合は、コリオリ力を忘れてはいけない。

ある流体に、どのくらいの重力、コリオリ力、圧力、粘性力が働いているかがわかれば、運動の第二法則を使って流体の流れの変化を予測できる。

「でも、どうやったら圧力や粘性力がわかるの?」

「それをこれから説明しようと思っているんだよ。」
タグ 記事:モデルとは はてなブックマーク - モデルとは何か (12) 流体力学
2010.10.25 Mon l 温暖化論概論 l COM(0) TB(0) | top ▲

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